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「サイコパス」/中野信子 著 [Book]


サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)




サイコパス
この言葉で浮かぶ人物像は連続殺人犯のような冷酷で凶悪な人というのが一般的だと思います。普通の人が良心の呵責を感じたり、緊張や興奮で平静を保てなかったりする局面で、サイコパスは冷静に振る舞うがために常人とは違う行動を取ることができる。その極端な事例が連続殺人ですが、そのような極端な振る舞いが出来る理由が脳の構造の違いに由来すると説くのが本書です。

サイコパスは100人に1人は存在するそうですので、その発現率は比較的高いと思いますが、その特徴として挙げられているのは
・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである。
・恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
・多くの人が倫理的な理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることも平然と行うため、挑戦的で勇気があるように見える
・人当たりはよいが、他社に対する共感性そのものが低い  等々・・・

このような人物は私の周りには結構居ます。100人に1人どころか20人に1人くらいじゃないかな?自分にも幾つかの要素は当てはまると思います。はて、これは喜ぶべきか、悲しむべきか?
彼ら(私も含めて)が、著者の言うサイコパスかどうかは分かりませんが、少なくともこのような振る舞いをする人間は、一般的な人物と思考や感性が違う可能性がある事を理解し、それなりの対応をすべきであることを頭の片隅に置いておくことも大事でしょうから、本書も読み方によっては一助にはなると思います。
平易な文章で読みやすいですし、何より学術的に脳の構造と発現する性格との連関を紐解いていくところは面白いですが、人間が成長していく過程の社会環境的な側面にはほぼ触れられていないので、短絡的な感は否めませんでした。

ジャコメッティ展/国立新美術館 [Art]

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虚飾を取り去った人間の本質に迫る。
アルベルト・ジャコメッティはそのテーマを終生追い続け、筋肉や贅肉を削ぎ落としたマッチ棒のような人間の彫刻を数多く制作してきた、20世紀を代表する彫刻家。

現在、六本木の国立新美術館で開催中の「ジャコメッティ展」は彼の創作の軌跡を回顧する展覧会で、19アフリカンアートやキュビズムなどの影響を受けた初期から、「見たものを見えたように描く」ようになり世界的な評価を得ていく1940年代以降の作品まで網羅的に鑑賞することが出来ます。
今回の展示では写真撮影が可能なエリアもあったり、美術館の今後の在り方も探るような取り組みもされていました。

美術史的な位置づけとか、哲学的解釈などは僕には分かりませんが、ジャコメッティの作品の魅力はどの作品にも孤独な相があるところだと思っています。究極まで削ぎ落とされた人間の肉体は、その儚さと哀れさを表出させます。自分の中にある儚く脆く危なっかしいく人生の歩みを進めていく偽りのない自分。削ぎ落としたからこそ見えてくる、人の根っこ=孤独を提示するからこそ、造型の奇矯さだけではない感慨を時を超えて与えるのだと思います。
ジャコメッティ展の前にミケランジェロ×ダ・ヴィンチ展を見たので、人間に対する眼差しに違いに時の流れを感じました。ミケランジェロ、ダ・ヴィンチは神の造型物としての人間の完璧な美しさを表現した(絵画技術的には完成している)のに対し、ジャコメッティは精神を形にし、芸術を脱構築している。それは印象派以降の画家たち、そしてピカソをはじめとする20世紀前半の芸術家たちが辿りついたアートの極北であるとともに袋小路でもありました。

21世紀前半の世界は、国境を超えた緩やかな共同体と国民国家、民族主義とのせめぎ合いが激しくなり、政治的、文化的に20世紀の遺産をどう受け継ぎ、取捨選択していくか?という時代になっているようです。このような時代に、ジャコメッティのような時代を超えるアーティストが出てくるのか?彼らの時代から半世紀以上の年月が経った今もなお、その袋小路から抜け出せない人類の次のアートは何なのだろう?などと色々な事を考えさせれれました。そのような触媒となりうる間は、アートは現代に息づいていると言えるのでしょうし、ジャコメッティの作品群は現代に力強く息づいていると思います。

「バッタを倒しにアフリカへ」/前野ウルド浩太郎 著 [Book]


バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)




朝日新聞、日経新聞の書評欄に相次いで取り上げられ、表紙デザインの奇抜さから「何かあるに違いない」と手に取ったのが本書「バッタを倒しにアフリカへ」。

昆虫(バッタ)がお好きな向きは、昆虫に関する専門的な話が思いの外少ないので物足りなさを感じると思うけれど、人が艱難辛苦にもめげずにひたすら夢を追って生きる姿のある種の滑稽さと気高さを味わうにはうってつけの一冊だと思う。

舞台はアフリカ大陸の西の端に位置するモーリタニア。
毎年のように発生するバッタの大量発生による農作物被害はアフリカの貧困の一つの要因でもある訳だが、著者は研究室ではなくフィールドワークでバッタの生態を明らかにしたいと、日本学術振興会海外特別研究員として2年で380万円の援助を受けて未知の国へ旅立つ。現地ではアシスタントを雇ったり、研究用の資材を買ったりと費用はかさむばかり。当然ながら援助だけで足りるはずもなく、自分の貯金を切り崩しながらの生活になる。しかも2年の研究の先に、常勤研究者としての就職口の保証がある訳でもなく、半ば博打のような賭けだ。

Where there's a will, there's a way.

これを地で行くようなお話なのだが、悲壮感はまったくない。著者自身は悩みもし、進退窮まるような状況にも置かれるのだが、この本はそのようなジメッとした感覚からは完全に解き放たれている。それは著者の研究者としてのある種の自負もあるだろうが、「やるしかない」と決めた人間の潔さというのはこういうものなのだろう。
神の差配か、モーリタニアで著者が世話になるモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所の所長や、著者のアシスタントになるティジャニなど、出会う人の多くが良い人ばかり。モーリタニアの文化が困っている人が居れば助け合うことを旨とするそうで、人の良い国民性もあるのだろう。もちろん、賄賂や貧困のような暗い部分もあるにせよ、全体のトーンはとても明るい。
とはいえ、この本を鵜呑みにしてモーリタニアに行けば、全く違う現実を目の当たりにすることは間違いないだろう。著者も国から派遣された研究員という身分で、赴任先も国立の研究所といういわばエリートの世界を回遊しているのであり、市井の人間が同じように過ごせるとは思わない。その意味では口触りの良いスイーツのような本ではある。
でも、意志のある人間には少なくともチャンスはやってくる。モノにできるかどうかは自分の力とタイミングだと思うけれど、まずは「意志」こそ大切なのだという事を分かりやすい筆致で読者に伝えてくれる良書。

「カーズ/クロスロード」(2017) [Movie]

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原題:Cars 3
監督:ブライアン・フィー
声の出演:オーウェン・ウィルソン、クリステラ・アロンゾ、アーミー・ハマー

2006年の第1作から11年。
ドタバタコメディに終始した「カーズ2」から一転、第1作の精神を受け継いだ続編が登場したという感じです。

第1作目は、レースに「勝つこと」が至上価値のレーシングカーが、それ以上に大切なこと=友情と信頼を学ぶ作品であると同時に、「速いこと」「効率の良いこと」を追求するがあまり忘れてしまった生活の豊かさを取り戻すという裏テーマもあり、舞台はルート66沿いにある小さな街という設定でアメリカ映画の良き伝統を受け継いだ豊かな作品に仕上がっていました。

第3作は「人生の盛りを過ぎたことの苦悩と再生」を描いています。
第1作、第2作では無敵のスピードを誇った主人公=ライトニング・マックイーンは、世代交代の波が押し寄せ同世代が次々と引退していく中、大クラッシュを起こしてしまい、彼自身もまた引退の危機にさらされます。スピード、性能では新世代には勝てないと分かりながらも、彼は再びレースに復帰し意地を見せようとしますが・・・

テーマとしてはありきたりですし、ラストの展開は賛否が分かれるところかなとも思います。
IMDbのレビューを見ると、賛否両論というよりも否の方が多い感じですが、102分の短い尺で全てのドラマを語り尽くすにはこの方法しかないと思います。本作を見る前に第1作を見る事が必須ですが、期待を違わぬ爽やかな感動をもたらしてくれる作品だと思います。特に中年以上の世代はグッとくるんじゃないかな?

「ミッドナイト・イン・パリ」 [Movie]





原題:Midnight in Paris
監督:ウディ・アレン
出演:オーウェン・ウィルソン、マリオン・コティヤール、レイチェル・マクアダムス

「あの時代に生まれたかった」

誰もが一度は思いを馳せる過去へのロマンティックな憧れを軽いタッチの洒脱なファンタジーコメディに仕上げたウディ・アレンらしい快作。

現代の文学や芸術に決定的な影響を与えた偉大な先達の多くが1920年代の半ばから後半にかけてパリに住み、色々な形で交流をしていた。「パリ派」と呼ばれる画家たちはユトリロ、ローランサン、藤田嗣治、シャガールなど、その周辺にはピカソ、ブラック、ジャコメッティなどなど挙げればキリがないくらい錚々たる名前が並ぶ。
そんな中から、この映画に出てくるのはピカソ、ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、コール・ポーター、ダリ、マン・レイ、ルイス・ブニュエル、ガートルード・スタインといった面々。主人公のギルはキラ星の如き”スター”たちと思いがけず交流することで我を失うかのような驚きと興奮の時を夜な夜な過ごすようになる。言ってみればそれだけの話なのだが、オーウェン・ウィルソンの少しとぼけた味わいが映画のふわりとした浮遊感と相まって心地よい。
”ペダンティック”なインテリへの皮肉や悩める男を救うミューズの存在など、ウディ・アレンらしい味わいとパリの町の魅力が一体になって、自分も主人公のように「黄金時代」にトリップしたいと思わせてくれる。

94分の小さく豊かな現実逃避。映像ではなく語りと役者で魅せる映画の醍醐味が味わえる。

「楽園のカンヴァス」/原田マハ 著 [Book]


楽園のカンヴァス (新潮文庫)

楽園のカンヴァス (新潮文庫)




「どんどん読み進めたいけれど、読むのが惜しくなるような本なんです」

という、20代の女性の大絶賛の辞に心を動かされて読んでみた。

原田マハの名前は知っていたのは、本作が刊行された当時話題になっていたからだと思うが、本の内容については皆目知らず。
書店で裏表紙のあらすじを読むと、アンリ・ルソーの「夢」に似た作品「夢を見た」の真贋判定をミステリー仕立てにしているということで、これはなかなか面白そうと手に取ってみた。

著者は東京の森美術館の設立準備をしたこともあり、美術館の裏側についてはそれなりの知識を持っているためか、学芸員や監視員の仕事、新聞社主催の冠展覧会の仕掛け等々、現場の肌感覚が感じられてリアリティがある。
筋立ては面白いのだが、真贋判定の肝となる作中作の謎の古書の文体があまりにも平易に過ぎ興を削ぐ。主人公2人の登場の仕方は巻き込まれ型で面白いのだが、それぞれの造型が深まらず、彼らがなぜアンリ・ルソーに惹かれたのかについてはほぼ自明のこととして脇に置かれているため、物語と主人公の絡み付きが弱いと感じた。ミステリーとしても、伏線の張り方が唐突で、回収の仕方もいま一つキマっておらずやや消化不良。

とはいえ、つまらない本とは思わない。
古書を通じて、ルソーやピカソが情熱を燃やしていた時代を感じられるのはフィクションとはいえ楽しい。過去を遡る事の楽しさ、その時代の人に思いを重ねることの楽しさ。美術鑑賞は作者の時代といまの私を繋ぐ行為でもあるならば、この本は美術鑑賞という行為をひとつの物語として提示したとも言えるとも思うからだ。

読みながらウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」を思い出した。勧めてくれた彼女にはお礼として「ミッドナイト・イン・パリ」を薦めてみよう。

「春の嵐(ゲルトルート)」/ヘルマン・ヘッセ 著 [Book]


春の嵐―ゲルトルート (新潮文庫)

春の嵐―ゲルトルート (新潮文庫)




『自分の一生を外部から回顧してみると、特に幸福には見えない。しかし、迷いは多かったけれど、不幸だったとは、なおさらいえない。あまりに幸不幸をとやかく言うのは、結局まったく愚かしいことである。なぜなら、私の一生の最も不幸なときでも、それを捨ててしまうことは、すべての楽しかった時を捨てるよりも、つらく思われるのだから』

人生に対する諦念、洞察、愛着をこれほど端的に表現した作家はヘッセをおいて他に居ないだろうと思う。初読は高校時代だったか大学に入った頃だったか覚えていない。その頃は、片想いの同級生美少女に雪そりでいいところを見せようとしたが故に大きな事故に遭い、片足に障碍を持ってしまった主人公の孤独さ、その友人であるオペラ歌手のムオトの魅力的で悪魔的な傍若無人な振る舞いの双方に私自身の中に潜む闇を見て、得も言われない感動を感じ事だけは覚えている。
それから20数年以上たって、これからの人生よりも振り返る人生の方が明らかに多くなってしまったいま、先に紹介した冒頭の文章が何よりも心に残る。

本作はヘルマン・ヘッセが33歳の時に発表された作品。
両親との関係、異性との関係、友人との関係を余すところなく描きながら人生を俯瞰したこの作品を読むと、昔の人の早熟に驚くべきか、これが作家の資質というものなのかは分からないが、刊行後100年以上経った今も読み継がれるだけの普遍性を勝ち得るのも納得の作品。まさにクラシック

「スノーデン」(2016) [Movie]

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原題:Snowden
監督:オリバーストーン
出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、シャイーン・ウッドリー

スノーデン事件からまだ3年しか経っていないということを知ったのは映画の冒頭。
ずいぶん前のような気がしていましたが、そんな新しい題材を取り上げたオリバー・ストーン監督の鋭さは齢70とはいえまだまだ衰えていないようです。

アメリカの情報機関が、世界中のSNS携帯電話の通話などを監視しているという事実を暴露したエドワード・スノーデンの実話に基づく映画ですが、国がどのように監視していたのか?といった事件の全貌は脇に置かれ、アメリカの同時多発テロをきっかけに国を守るために軍人を志願したオタクであるスノーデンが、CIA、NSAの仕事を通じて、徐々に守るもの=国家に対して疑念を抱いていく過程を丹念に追っています。
主演のジョセフ・ゴードン=レヴィットは、雰囲気がスノーデン本人に近いうえに、しゃべり方や声のトーンもかなり似せており、ラストに本人が登場してもあまり違和感を感じません。

基本的にはスノーデンのやったことに対して肯定的に描かれてはいますが、英雄に仕立て上げることはせず、映画は彼の行動の波紋を描くにとどめます。国からの追及についても比較的あっさりと描かれるだけで、あくまで主眼はスノーデンが告発に至るまでの心の動きに絞られているので、国家対個人の白熱する闘いを期待する向きには肩透かしかもしれません。

個人的にはスノーデンが軍人志願だった点が興味深かったです。
911のテロで衝撃を受けアメリカを守ろう、アメリカが好きだという純粋でまっすぐな感情で軍人になろうとするも、けがで挫折。たまたま天才的なITの知識とセンスを持っていたため、CIAやNSAで重宝されるわけですが、軍人になろうと思った時と同じ純粋でまっすぐな感情が自由という理念を守るための鬼子であるCIA、NSAの行いを受け容れられなかったというところは、これをアメリカの健全性と捉えるのか、ある種の病的な自由原理主義と考えるべきかは意見が分かれるでしょうね。

「泥棒成金」(1955) [Movie]





原題:To Catch a Thief
監督:アルフレッドヒッチコック
出演:ケーリー・グラント、グレース・ケリー

ケーリー・グラントとグレース・ケリーを愉しむ映画
モンテカルロの急峻で曲がりくねった道でコンパーチブルを飛ばす男勝りなケリーの美しさ、洒脱な振る舞いで男でも惚れるような二枚目のグラント。往年の映画の粋を随所に感じる。
加えて、夜のシーンのカメラの美しさは当時の映画としては特筆すべき。クライマックスになる屋根の上の追跡シーンでの屋根瓦の幾何学模様の美しさ。

さすがはヒッチコック。映像で語るシーン、台詞で魅せるシーンを上手に使い分ける演出で飽きません。カーチェイスの空撮シーンなど、CGで失われた映画的な絵と色気があります。

「ズーランダー」(2001年) [Movie]





原題:Zoolander
製作年:2001年
監督:ベン・スティラー
出演:ベン・スティラー、オーウェン・ウィルソン、クリスティン・テイラー、ウィル・フェレル

「オースティン・パワーズ」と同じような空気感。ベン・スティラー演じるズーランダーがトップモデルじゃなくて、勝手にトップモデルを気取っている二流モデルだったら面白かったような気がしますね。

カメオ出演の豪華な顔ぶれを見るだけでも価値があるかも。ベン・スティラーの人徳を感じました。

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