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15時17分、パリ行き(2017) [Clint Eastwood]

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原題:The 15:17 to Paris
監督:クリント・イーストウッド
出演:スペンサー・ストーン、アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス

2015年8月にヨーロッパの高速鉄道タリスで起きた銃乱射事件を描いた作品。
事件は、イスラム過激派の犯人を取り押さえた3人のアメリカ人の活躍で重傷者1名は出たものの、それ以上の被害は食い止められた。本作はその3人のアメリカ人を本人が演じるという冒険的な手法が取られ話題を呼んだ。

偶然銃撃事件の現場に居合わせた市井(とはいえ3人の内2人は軍人なので市井とはいえ特殊だが)の人間が、運命のいたずらで英雄になる人生の数奇さを感じる。思えばイーストウッドは、2006年の『父親たちの星条旗』で、第二次大戦の硫黄島の戦闘で摺鉢山の山頂に星条旗を掲げた男たちが英雄に祭り上げられるたが故に、その後の人生が翻弄されていく様を描いているが、そのような運命としか言いようがないものに直面した人物にイーストウッドは興味を掻き立てられるのだろう。

映画の脚本はあってないようなもので、3人のアメリカ人の少年時代からヨーロッパ旅行に至るまでの半生が淡々と綴られるのみ。ここを観客が主人公たちの生い立ちに自分の人生をオーバーラップさせるか、あくまで映画の主人公の物語として観るかによって作品の印象は大きく異なるだろう。前者であれば、明日はわが身にふりかかるかもしれない運命に、人生が何事も約束してくれないという当たり前だが日頃は忘れがちな事実に戦慄を覚えるだろう。しかし、後者であれば退屈極まりない映画として切って捨てられても仕方ない仕上がりだと言える。
イーストウッドの賢明で平明な演出はこの題材でも効果的だったと思うし、短い時間ながら銃乱射事件のシーンの迫力はさすがだが、今回はややリアリズムに傾きすぎて映画らしい外連味が失われた感が強い。

イーストウッドの次回作は、なんと監督主演作になる模様。
なんでも、齢90歳の園芸家で第二次大戦のベテラン兵士が300万ドルのコカインの運び屋になるというお話だそうで、こちらが楽しみ。

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「パディントン2」(2017) [Movie]

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何の気なしに見た前作がとてもよく出来たファミリー向けコメディだったので、第2作目も鑑賞。前作と負けず劣らずのクオリティで104分十分に楽しませてくれます。

真面目で人の好いパディントンのキャラクターは愛すべきという言葉がピッタリ。パディントンを囲む家族やご近所さんもいい人ばかりで、観ているだけで幸せになってきます。
この第2弾は前作以上との評価もあるようですが、それは悪役のヒュー・グラントの弾けっぷりに負っているでしょう。変装が得意な落ちぶれた二流俳優の役を嬉々として演じています。ロマンティックコメディの常連だったことが祟ったのか、最近はキャリア的には低迷していたように感じますが、エンドロールのミュージカルシーンも含め、この映画はヒュー・グラントの新境地開拓のために作られたのではないかと思うほど。

ラストの列車チェイスは少し風呂敷を拡げすぎた観はありましたが、全体的にコメディとドラマのバランスがよく、品のある作品だと思います。ムリに笑わせようとしない演出も好感度大。大人も子供も楽しめる快作でした。オススメ。

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「父の縁側、私の書斎」/檀 ふみ 著 [Book]


父の縁側、私の書斎 (新潮文庫)

父の縁側、私の書斎 (新潮文庫)

  • 作者: 檀 ふみ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/08/29
  • メディア: 文庫



女優、タレントの檀ふみが、石神井の家で父で作家の檀一雄と過ごした幼い日々の思い出を軸に、家とそこに住まう人の佇まいにまつわる想いを綴ったエッセイ集です。

僕の中の女優、タレント=檀ふみ像は、NHKの「連想ゲーム」での才気煥発なイメージ、「男はつらいよ」の第18作で京マチ子演じるマドンナの娘役、第42作での後藤久美子の叔母の役程度。あとは阿川佐和子との名コンビぶりで知られ、共著のエッセイ「ああ言えばこう食う」はベストセラーになったことも記憶にあります。地頭の良さと育ちの良さが感じられて、服で喩えるとブランド物というより上質なコットンの洗いざらしのシャツのような爽やかさを持つ人という印象です。このエッセイ集もその印象どおりの肌触りで、全編心地よい。

美輪明宏の言葉として紹介されている「ヒトってね、保護色なの」がこの本を語る上で相応しい感じがする。曰く、人は環境の生き物で、周りにあるモノや人に影響されてその場の色に染まっていくということだが、巻末近くの「ダメだ、捨てられない」と題されたエッセイでは、家を建て替える間、家の蔵書を倉庫に預け本に埋もれない生活をしたところ、『非常に大きなものが欠落しているようなきがしてならなかった』と感じたと綴っている。
檀ふみという女性はいつも1万冊を超える本の背表紙に囲まれ、そこに普請好きで作家の父親がいた。それが、本書での縁側や土間のようなかつての日本家屋の構造が生み出した、人付合いの距離や温度への冷静な観察眼を生み出したのだと思う。

某クレジットカードのコピーに「お金で買えない価値がある」というのがあったけれど、子供の頃に育つ環境というのはその最たるものなのだと本書を読んで思った次第。
おっとり、しっかりな女性らしい柔らかな品の良さを随所に感じる素晴らしい作品です。

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「蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」/紀田 順一郎 著 [Book]


蔵書一代―なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか

蔵書一代―なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか

  • 作者: 紀田 順一郎
  • 出版社/メーカー: 松籟社
  • 発売日: 2017/07/01
  • メディア: 単行本



読書が生活の一部になっている人の多くにとって、蔵書が増えていく悩みは共通だろう。
図書館で借りてくることを旨としている人も居るようだが、自分が読んだ本の履歴が残らないというのは少々寂しい気がするし、借りてきた本では血肉になり方が違う気もするので、僕は圧倒的に購入派だ。

本書は、作家の紀田順一郎氏が、3万冊からなる蔵書を600冊を残し全て処分した話から始まる。
年齢と共に失われていく体力と経済力と反比例するように蔵書は増えていく。手幅に合う小さな家に引っ越すとなると、いきおい蔵書を処分せざるを得ないが散逸させるのは忍びない。しかし、蔵書を一括で引き受けてくれるような場所は無く、よほどの著名人で無い限りは大手の古本屋に引き受けてもらうのが関の山ということになる。
なんとも哀しい話であるが、多くの読書家が辿る道はそうであろうし、齢80代半ばとなった僕の父親も最近は「終活」なのか、多くの蔵書を古本屋に二束三文で売りさばいている。その姿を横目に見ると、本を増やすのはほどほどにすべきと思ってしまうのだが、それでも買ってしまうのが読書好きの性なのだ。

ただ、最近では出版不況とインターネットの普及で活字文化が書籍からネットに急速に移行しつつある。蔵書というと頭に浮かぶ大百科事典や世界文学全集のような「見せ本」は姿を消した。本書を引用すれば『知識情報の獲得手段としての活字の力が、加速度的に衰えてきたということであろう。往昔の”ものの本によれば”から、”グーグルで検索すれば”に一変したのである』ということで、この本のテーマも間もなく往昔のものになるのかもしれない。
しかし、世の中がどうあれ、僕には紙の本が無い人生は考えられず、残り20年から30年の間に増えるであろう蔵書をどうするのかは大きな課題として残る。経済的には決して楽ではない将来は明らかだから、一番安い娯楽として本だけでも手元に残しておきたいという、貧乏たらしい思いが蔵書の蓄積に拍車をかけている始末だ。

本書に話を戻すと、序章と第一章で語られる著者の蔵書を巡る一代記は無類に面白い。
対して第二章以降はやや散漫な印象だが、その中で興味深かったのは、敗戦の色が濃くなった頃に有志の人々が集まり、東京の図書館の本6万冊を長野に疎開させた話。当時の輸送インフラを考えるとその困難さは想像を超えるけれども、人々の本とそこに化体された叡智を守ろうとする熱い想いは時を超えて胸を打つ。そのような努力もあったが、戦時中に当時の東京市の図書館の蔵書77万冊のうち44万冊が空襲で失われたという。

蔵書は個人の趣味が嵩じて増えていくものであるが、数千、数万という単位の蔵書になればそこには小さな知の生態系が息づき、ある種の公共性を持ち得ると思う。戦争のような社会的な暴力で失われることは問題外だが、個人が人生の幕を下ろそうとするとき、小さな知の生態系をどのように引き継いでいくかということは、蔵書を持つ人のみならず社会全体が考えるべきなのかもしれない。

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「白い肌の異常な夜」(1971年) [Clint Eastwood]


白い肌の異常な夜 [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • メディア: Blu-ray



原題:The Beguiled
監督:ドン・シーゲル
出演:クリント・イーストウッド、ジェラルディン・ペイジ、エリザベス・ハートマン

最近、ソフィア・コッポラ監督が再映画化したと聞き(カンヌ映画祭で監督賞を受賞したそうですね)、コッポラ版を観る前に鑑賞しておこうと久しぶりに観てみました。

クリント・イーストウッドのフィルモグラフィーのなかでは異色とされていて実際に異色作ですが、今から振り返ると後年のインディペンデントな映画監督路線を導き出した記念すべき作品と位置づけるべきでしょう。いくら自分のプロダクションを構えているとはいえ、ハリウッドのマネーメイキングスターが、人間の内面を抉るような少し不気味でもあり、不愉快とも言えるこの手の映画を作る(しかもラストでは殺されてしまう)ということは現代では考えられないです。

イーストウッドが自身のキャラクターに近い(と僕は勝手に思っている)男前の女たらしを嬉々として演じているところがひとつの見どころ。とはいえ、男に免疫のない女たちが翻弄されていき、それを利用する男の狡猾さは男の僕が見ていると少し居心地が悪い。
個人的には、各女性の内心をアフレコであてる演出はあまり好きではありませんが、閉ざされた女だけの世界の偽善的な湿っぽさがよく描き込まれていて、特に学園長の偽善ぶりはフラッシュバックも効果的でひんやりとした映画の肌触りを決定づけています。

ソフィア・コッポラ監督はこの題材をどう料理したか?そちらも楽しみです。

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「ドリス・ヴァン・ノッテン ファヴリックと花を愛する男」(2016) [Movie]

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原題:Dries
監督:ライナー・ホルツェマー
出演:ドリス・ヴァン・ノッテン

世界的なファッションデザイナー=ドリス・ヴァン・ノッテンの創作の舞台裏を約1年かけて追いかけたドキュメンタリー。

ファッションという言葉が嫌いで、タイムレスな服を作りたいという信条を持つドリス・ヴァン・ノッテンは、広告を一切使わず、年2回のパリ・コレクションを唯一の情報発信の場としている稀有な存在です。それは彼が服の製作過程のすべてに関わらなければ気が済まない完璧主義者であるが故の事でしょう。大資本が入らないことで自由に創作に全精力を傾けることが出来る訳ですが、そのこだわり方は並大抵ではありません。素材や色などあらゆる要素を考慮しながら、何百点にも及ぶデザインを半年かけて創り上げ、その中から選りすぐられた数十点が日の目を見るのですが、なるほど、こういうデザイナーズブランドの服が高くなるのも納得の徹底ぶりに清々しさを覚えます。

手仕事を大切にするところも、昨今のファッション業界と一線を画しています。
インドに駐在スタッフを置き、刺繍の手芸技術が失われないように、毎年のコレクションには必ず刺繍の作品を入れるこだわりぶり。職人が食べられる環境を自前で整えるところは立派としか言いようがありません。
とても地味な私生活も魅力的です。
ファッションデザイナーといえば、パーティに明け暮れる派手な生活をイメージしがちですが、彼はそういったセレブリティ的な世界にはまったく縁がありません。仕事とプライベート双方のパートナーであるパトリックと住むアントワープ郊外の広大な敷地を持つ邸宅での自然と花に囲まれた生活が彼の創造の源になっているようです。

監督のライナー・ホルツェマーはプロフェッショナルな仕事に徹して、奇を衒う事なくドリス・ヴァン・ノッテンを彼たらしめているもの、すなわち服への飽くなき情熱、完璧主義、パートナーの存在をバランスよく見せてくれて、滋味深いドキュメンタリーに仕上がっています。おススメ。

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「ジャコメッティ 最後の肖像」(2017年) [Movie]

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原題:Final Portrait
監督・脚本:スタンリー・トゥッチ
出演:ジェフリー・ラッシュ、アーミー・ハマー、トニー・シャルーブ

20世紀を代表する彫刻家=アルベルト・ジャコメッティの晩年を、ジャコメッティがアメリカ人作家で美術評論家のジェイムズ・ロードをモデルに肖像画を描こうとする姿を通して描いた作品。
モデルは1日だけという約束が3日になり1週間になり10日を超え、まったく完成の目途が立ちません。完璧を目指す創作者の苦しみ、哀しさそして可笑しさを、ロードの目を通して写し出していきます。

ジェフリー・ラッシュは顔立ち(というか面長な顔の形が)ジャコメッティ本人を彷彿とさせます。ジャコメッティの性格は私は良く知りませんが、ジェフリー・ラッシュの解釈が正しいなら繊細な面も持ちながら大らかなキャラクターだったようです。

監督はスタンリー・トゥッチ。
脇役俳優として存在感ある役をたくさんやっていますが、監督としては正攻法というか工夫が無く退屈な演出でした。物語の軸をジャコメッティに置くのか、ロードに置くのかもいま一つ判然とせず、さらりとストーリーを撫でたようで心に響いてこない。
90分という短い尺でしたので退屈はしませんでしたが、サイドストーリーを膨らませるなど工夫があれば、芸術家の性に肉薄できたんじゃないかな?ちょっと残念な一本だったと思います。

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「超高層プロフェッショナル」(1979) [Movie]


超高層プロフェッショナル [Blu-ray]

超高層プロフェッショナル [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • メディア: Blu-ray



原題:Steel
監督:ステーィーブ・カーヴァー
出演:リー・メージャース、ジェニファー・オ・ニール、ハリス・ユーリン

その昔、映画チラシをコレクションしていた時期にこの映画のチラシも持っていましたが、映画自体は未見のまま。先日、NHK-BSで放送していたので見てみました。

高層ビル建設を請け負った建築会社の社長=ルーが現場の事故で転落死してしまいます。一人娘のキャス(ジェニファー・オ・ニール)が跡を継ぐことになりますが、3週間で残る9階を組み上げて棟上げを完了しなければ、ルーの弟に建物の権利が移ってしまう契約になっています。
キャスは伝説の鳶職人だったキャットン(リー・メージャース)に助けを求め、キャットンは7人の凄腕チームを作り、不可能と思われる作業に立ち向かいますが・・・

1970年代から80年代前半までの映画が持っていた大らかさが満載の娯楽作品。
どう考えても犯罪でしょ?という事(ストライキ中の運搬会社から鉄骨を載せたトラックを奪うとか)を平気でやるあたりもご愛嬌。
地上50階を命綱なしで歩く鳶職人達の足下を映すシーンは、こちらの足がすくんでしまうほどの大迫力。冒頭の転落事故のシーンも、もちろんCGではなくスタント。残念なことに、このスタントに挑んだスタントマンはこのスタントで事故死したそうです。悲しい話ですし不謹慎かもしれませんが、凄まじい迫力です。

「600万ドルの男」で有名なリー・メージャースは70年代の男臭いハリウッド俳優の典型。男性化粧品のCMに出てきそうな男臭さ満載で魅力的ですし、紅一点のジェニファー・オ・ニールの美しさは特筆もの。こういう分かりやすい魅力を持った映画が無くなりましたね。どこを切ってもB級ですが、面白いモノを作ろうという気迫が充ち満ちた映画で、愛すべき作品です。掘り出しものでした。

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How's Everything/渡辺 貞夫 [Jazz]


渡辺貞夫ライヴ・アット武道館~ハウズ・エヴリシング(期間生産限定盤)

渡辺貞夫ライヴ・アット武道館~ハウズ・エヴリシング(期間生産限定盤)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2016/04/27
  • メディア: CD



僕がまだ小学生だった1970年代から80年代前半の頃のナベサダさんの人気は凄かった。
当時中学生だった姉がナベサダさんのファンで、僕も姉が聴くナベサダさんのレコードを聴いていたのだが、一番聞いたと思われるのがこの「How's Everything」。1980年に日本武道館で7月2日から4日の3日連続で行われたライブアルバム(音源は7月3日、4日のみのようです。

武道館3日間連続公演はジャズ界では空前絶後でしょうが、パーソネルもこれまた空前絶後と言っていい豪華メンバー。デイヴ・グルーシン(Key,arr)、スティーブ・ガッド(ds)、エリック・ゲイル(g)、リチャード・ティー(key, p)、アンソニー・ジャクソン(b)、ラルフ・マクドナルド(perc)などなど、当時のウェストコーストジャズ/フュージョンシーンを牽引するメンバーに東京フィルハーモニー交響楽団までというから、もはや一人のジャズメンのライブの域を超えてますね。

「カリフォルニア・シャワー」などナベサダさんの名前を一躍有名にしたヒット曲が封印して、ライブ用に8曲を新たに書き下ろしたとかで、ライブ盤にありがちなベスト盤的な様相は皆無。ちょうど、アメリカCBSレコードへの移籍が決まった直後ということもあり、ナベサダさんとしては次のステップへという想いも強かったのかもしれませんね。

音楽的にはやはりアレンジャー=デイヴ・グルーシンの存在感が際立ってます。100人規模のオーケストラのスケール感の上でナベサダさんのアルト、ソプラニーノを際立たせる手腕は見事。With Stringsのロマンティックなナベサダさんの「歌謡ショー」のような趣きもあるライブで、時代を感じますが、いま聴いても心地よい仕上がりです。名盤!

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In Transit /Kyle Eastwood [Jazz]


イン・トランジット [日本語帯・解説付] [輸入CD]

イン・トランジット [日本語帯・解説付] [輸入CD]

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Jazz Village / King International
  • 発売日: 2018/01/24
  • メディア: CD



「クリント・イーストウッドの遺伝子を受け継ぐベーシスト」というキャッチコピーはなかなか取れないけれど、それは売るための大人の事情。
実力十分、コンスタントにアルバムを発表する中堅ジャズベーシストとして活躍しているカイル・イーストウッドのリーダーアルバムが2年ぶりに届いた。ドラマーは交代したが、それ以外は前作「time pieces」と同じ面子でのレコーディング。2015年には本作メンバーでも来日を果たしており息はピッタリで上質な演奏が繰り広げられる。

音楽は50年代から60年代にかけてのジャズ黄金期を彷彿とさせるハード・バップ・ジャズで、この辺りはやはり父=クリント・イーストウッドからの影響を感じずには居られない。子供の頃からこのようなジャズに知らず知らずに親しんだであろうカイル・イーストウッドには、この手の音楽が手に馴染むのだろう。
1曲目はクリント・イーストウッドの「ガントレット」のオープニングを彷彿とさせるブルースフィーリング溢れる「Soulfur Times」。4曲目には映画「ニューシネマ・パラダイス」からエンニオ・モリコーネの手によるテーマ曲がカイルのベースソロで導かれる。それ以外に、6曲目のセロニアス・モンク、9曲目のカウント・ベイシー、10曲目のチャールズ・ミンガスと10曲の内、4曲がカバーになっている。
バランスの良いバンドで流麗な演奏が持ち味。カイルのベースプレイは良いが、楽器の特性上どうしてもサポートに回りがちなってしまう。音楽のメインになっているのはサックスとトランペットの2管。ただ、全体に聴き手に噛み付くような激しさは無く物足りなさを感じる向きもあると思いますが、スマートなジャズを聴きたい人には最高なんじゃないかな?

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